塾の選び方、注意点

甘い宣伝、雰囲気に惑わされないようにしましょう。

予備校に行くなとは申しませんが、全教科パックのコースだけは取らないほうがよいです。 この教科ならば効果が出る、復習も必要ない、 入試問題の練習がしたい…という教科を1つ2つ取るのが良いです。

通学の地下鉄の駅、バスの停留所の広告に年何回か予備校の広告が掲げられ、 それが高一から何度も何度も目の前にあると、 「何故自分がその予備校を選ぶ必要があったのか」とか、 「そこで何が得られるのか」 という大切な方法論とは関係なく、 何となく快適な未来が待っている、何となく成功する感じのイメージがある、 という宣伝に魅せられて選んでしまいます。

宣伝、広告というものの例として、人を集めるという観点からこんなお話を申しあげます。
古来より宗教は、何らかの苦行や修行という訓練を伴い、 また、坊主は結婚してはならないなど、宗教それ自体がもつ人を遠ざける、 宗教側からみると宗教自体が人の集まらぬ、宗教としての要素や戒律がありました。

宗教と勉強が同じものとは思いませんが、勉強に対する親御さん、ご子息の気持ちの中に 何らかの苦行や修行という訓練の要素があるということに対して、 違和感は少ないと考えます。

それが時代を経て鎌倉時代、宗教が入信の敷居を下げる方、 つまり簡単に人を集めれられる方へ変化させることで、 宗教の花開く時代となるのです。
例えば、 ○○○と唱えるだけで、往生できる。
○○○という題目を唱えるだけで幸せになれる。
…という簡単な方法だけで人は幸せになれると説いた訳でありますが、 それで、誰かが本当に幸せになったかは考えるべきだと思います。
苦痛がない、死なない、健康で生きていたい …という希望は、江戸時代、蘭学が日本に輸入される、 何らかのきちんとした方法論(構造論)が出来るまで、まったくかないませんでした。

別に祈ることを否定したいのではなく、助けを求めて何かを選ぶ際に、 楽だから、みんながそうしているからと、なんとなくで決めるのではなくて、 そういったものによって本当に願いがかなうのか、 ということを今一度考えていただきたい。
どういう手順を踏めば確実に、もしくは、 高確率で現状の改善が望めるのかという方法論をとった方がよいです。

受験勉強でも同じことで甘い宣伝文句にだまされることなく、 どの範囲が苦手で、どういった勉強をすれば合格につながるのか という方法論をとって勉強を進める必要があります。 それが難しいものだから塾というものがあるのです。 塾を選ぶ際は、苦手を調べてくれるところを選ぶべきです。
ここちのよい言葉より、対象をはっきり見据え、方法論をみがくことが、 とても大切なのです。

(参考文献:井沢元彦(1998)『逆説の日本史6 中世神風編』 小学館.)
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