受験勉強開始

「学校の成績が悪いのに、受験がうまくいくはずがない」とお考えですか。
科目によります。日本史・世界史の場合、基本的に覚えるだけですのでその通りです。
しかし英語・数学・物理・化学、この4科目は別です。
その辺りの話を、この4科目の勉強法を通して説明いたします。

いえ、勉強法ではございません。 正確に申さば、受験勉強のスタート地点へのたどり着き方についてです。
英語・数学・物理・化学の勉強となりますと、はじめは誰もが学校の問題集をこつこつ解き、 学校の進度に付いていこうとします。学校に付いていくだけではうまくいかなくなります。 学校の授業ですることといえば、まず先生が教科書の範囲をまんべんなくなぞります。 生徒はそこから、先生が黒板に書いたことをノートへ忠実に写します。 それも文字の色や矢印の太さまで。先生はその内容を復習しろと言いますね。 この方針はずっと変わらずに高校3年生まで続きます。
この結果、生徒が勉強をするために教えてもらった作業は?黒板の丸写しです。 勿論それだけではなく、課題を出し自ら全て添削する先生もおります。 では課題添削を受けて生徒が習得した作業は?指示された範囲の問題を、 あらかじめ教わった手順で解くことです。
この手順をひたすら守って出来ることは暗記です。 黒板やプリントで示された模範的解法の暗記です。 中には解答の数字そのものを覚えてしまう者も現れます。
信じられないかもしれませんが、 問題の難易度は違えど「170円の卵を1000円札で購入したおつりは?」 という問いに「答えは830円か。卵と書いてあったら830と書けばいいや。 円って部分も間違えたら点がもらえないから注意」 とやってちゃんと勉強したつもりの子、意外といます。
学校での授業中、大事な箇所は先生から覚えるよう言われます。 ご承知のとおり、重要な箇所は膨大にあります。 テストに出ると宣言してもらえるのはごくごく微量です。
他の出題箇所は?教えてもらえません。生徒はこの時点で、暗記しか武器がありません。 このまま勉強を続けますと、新しく習った公式・解法・答えを覚えている内は正解が得られ、 問題が解けた気になります。
しかし、人間は忘れる生物です。忘れるとまた最初から覚え直しです。 2回やれば2倍の時間がかかる形になります。
途中でこのおかしさに気づいた生徒は「学校の問題集をやれと 言われているがこんなんじゃ身に付かない。ヤバい。何かマシな参考書ないのか。 探してみよう」という形で独自の勉強を始めることとなります。
人によっては、 学校から渡された問題集を1ページ10分の割合でボコボコ解ける人もいます。
いるのは事実ですが、 そういう特殊な人のレベルに合わせて背伸びする必要はありません。 独自に大学受験の勉強を始めた生徒は、 模試で成績が良くても学校の成績はあまり良いものではなく、 進度の速い高校なら赤点すれすれが普通です。
塾に通っていても同じです。
受験に挑むのなら、苦手で時間のかかる箇所にこそ時間・労力を使うべきです。 普段は1時間で30問解ける生徒でも、 苦手な範囲では1時間で1問になることはザラにあります。
このお話をお聞きになると、親御さんに必ず一度は「そんな計画で受験本番に間に合うのか」 とお叱りを受けるところでございます。しかし、定着度を無視して進度を優先させますと、 1回目では出来たように見えても、その後同じところを何度も間違える様になり、 それが雪達磨式に膨れ上がって、そのまま入試でこけます。 いい加減に扱う訳には参りません。

点の取れない箇所が知識の基本的な部分、平たくいえば、 一見簡単にみえる単元であればなおのことです。 時間がかかっても理解を最優先し、 復習すべきかどうかは自分と正直に向き合ってしっかり決めるべきであります。 ペース配分より内容を重要視しなければならないのであります。
当塾にいらっしゃる前に、あちこちの塾で何もしなくても、手取り足とりで問題を読み、 答えを覚えさせられて、それを勉強と思ってきた生徒には少々厳しいお話でございます。
こうした生徒は勉強を進める上での「胆力」が欠如しております。
大人になるにあたり、自分の子供が感情を抑える練習をしなくてよいのか!
するのならいつするのか!
…という問題でございます。中学・高校を逃したらもう無いというのが私の考えです。
学習塾というのは解説を基に、生徒の理解を促進するよりも、解答作成手順の暗記を強制する、 いわばテスト塾が圧倒的大多数でございます。
テスト塾への通塾経験者は喜んで問題を解きます。 やる気があること自体は殊勝なのですが、そこで得られるのは、 先生や問題集の定める手順をそのまま暗記し、目の前の問題にそのまま適用することです。
暗記の対象が労力を費やすに値するのか、 そして、暗記したことを目の前の問題に適用するのが正しいのか一切考える事抜きです。
これは学問ではありません。求められるのは、説明を「読み」、 それを自分の頭の中で組み合わせ、解答を組み立てる力です。
テキストの説明を読む力の有無が、学問を修める上での勝負で問われます。
後に述べます議論云々の前段階として、しっかりテキストを読ませなければなりません。 この事をご理解頂くには相応の努力と時間が必要です。
テスト塾における先生への評価で「丁寧で優しい指導」というものがございますが、 恐ろしいことにこの言葉の真の意味は「分からない時、勝手にその場で答えを作ってくれるので、 理解出来ていなくてもばれず、恥をかかなくてすむ」なのです。
上の説明を読んでお分かりの通り、生徒の自習能力をそぎ落とす行為でしかありません。 当塾一真塾は、優しい先生などといって人気取りはやっていられないのであります。 人間関係は最初が肝心、崖が最初に参ります。その覚悟をお願い致します。

例えば、
授業で総ての単元を時間で均等に割り、今日はその内のこの単元が授業という形を採ったなら、 見た目には受験が効率よく進んでいるように見えます。 しかし理解出来たかどうか関係なく授業が進み、苦手はいつまで経っても苦手で終わります。
人それぞれに興味や理解は異なるのですから、分かりやすい箇所はノロノロ、分かりにくい箇所は駆け足という事態が容易に生じます。
当然分かりにくいところは、理解出来ず授業が終わってしまいます。自力の勉強法を学校では教えないので、わかり難いところは理解出来ないまま、記憶で凌ぎなさいという授業になります。こういう勉強を長く続けると、段々と学力は下がって参ります。
また、
大学入試手前の過去問を10年〜20年分解く、量重視の授業と、じっくり腰を据えて2年〜3年分解く、 理解重視の授業を比べます。知識の身につき方という点では、後者の方が格段に優れている。 群を抜いて力がつきます。
身につかない知識を大量に振り回しても、 何の知恵にもなりません。他人から見て立派に見える姿と、学問を本当に修めようとする姿は、 とても異なるものです。錯覚商売に引っかからない為にも、 この認識を親御さんにも持って頂きたいのであります。
簡単に申し上げれば、思考がしっかりするとは、悩んだ数に比例致します。 すべき苦労をしていない生徒には、汗を掻いてもらわねばなりません。 皆様は人生を振り返り、自らの得意・不得意を思い出されるならば、 私の申し上げていることが強ち間違っていないことも容易にご理解頂けるのではないでしょうか。
効率優先の目先だけの格好のよさは、焦りのある受験生を麻薬のように魅きつけます。
恐怖や不安に取り付かれた人間は、考えも無く群れとしての行動をとることが殆どでございます。
簡単に言えば、幼さや恐怖は人を、集団としての正当性から目をくらまし、 メダカの群れの1匹にしてしまうのであります。
それを、直前対策・冬期講習と銘打って、焚きつける輩が多いのも事実です。 しかし、このようなとき、本当に思考力のある子は走り出すより、 立ち止まり「これで良いのか」と論理的に考えるのであります。
この論理の習得こそが、学問の正体であり、人を倒錯と混沌から遠ざける唯一の手段と考えます。
ただ、この辺りは注意して見なければならない点を含んでいます。
子供たちが、考える為に立ち止まったのか、単に人生における判断を避け、 人通りの多い交差点の真ん中で、信号が変わっているのにただ立ち止まり、 自らの愚考で社会に脅しをかけ、周りが何かをしてくれるのを待っているのかは、紙一重でございます。
親御さま方、以上を念頭において塾選びをしてください。

トップページへ